行って来た座談会
おもしろかった。
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前行けなかったから、どんなか心配もある。
初めての参加だから。
話はガラッと変わってゴミを張っておくことにする
コネタマ参加中: 初めて自分で買ったCD(レコード)を教えて!
私はたぶんこれだな。もちろん年代的にレコード。
しかもレコード屋さんでホコリかぶってる物。
こないだ生まれた犬にもウィリアムってイメージ高貴な?名前だからとつけた。
その犬Billyの発想の元は実はこれ。
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どんだけ常連さんや~
と思った年始から気づけばもう二月になってるし。。
信じられへん...
ぼやぼやっと過ごしてたら月日はほんまあっという間や!と実感
する今日この頃。
こないだの暴れ金魚の様子の結果、
一匹のみ起きただけで独り相撲では産卵シーンはあり得ないということで
めでたくまた再度眠りにつかせた。
できるだけ静かにしたかったものの底にたまった緑糞を始末するために
洗面器にすくって出来るだけ水を空の洗面器並べてすくって後のを抜き、
空きで放置の容器から水を持ってきた。
そうしないと水温が合わないし、寝た子を起こす状態になりかねないから
なるぺく刺激の少ないことをとそれを選択したのだけど、
これならまた雄雌分けることも新しい水に換えることもそのうち必要になるから
始まりを察知するアンテナは十分に伸ばしておかないといけないなと思った。
でないと去年の二の舞になる。
去年の春から実質アウトにおなりになりました「転覆のおじょうさん」あだな
は、まだいつものように浮かんでいたけど、この冬眠でカビつきなどで
突入早々にも死んでしまうのだろうと思ってた予想を裏切って存命中。
秋にはリハビリとかもしたし、介護してる気分で目にすると何とも言えない気分がする。
自重で沈む時と浮かぶ時があり、餌が少ないと浮力に負けて浮いてくる。
これはすごいなと思った秋のころだった。そのきっかけは
オモリ浮きつけて餌の落ちてる所に届くようにして
たくさん餌を取れるように三日間チャレンジしてたら三日目には重りが外れても
自分で浮き沈みが出来るようになっていた。
適度に沈めたら底の餌がたくさん取れるからしめたもの。
だけどもちろん冬眠に入るころには寒さも来てるので転覆(完全NG個体)さんには
寒さの中餌を食べるということ自体が良くないわけで、そのうちまた体重が減り
今に至る。浮かんだ生活。
活発な時期でない時に餌を食べさせるとあやしい組の子だとてきめん悪化するので
心配なら餌を与えない方向で行く方が良いのでこの子には冬眠前からもう
給餌できないことになっていたわけで、それならもう長くないかなと思ってたのに。
体力を温存している風はなりふり構わずの生きる力を感じる。
後数か月もすれば完全NGになってから一年生きたことになる。
そういうのって普通は居ない。
私が不用意に隣に投げたせいだから責任はとって最後まで面倒をみてあげようとは
思ってるけど、最先端技術で注射器でシリコンみたいなものを体内に注射して
人工浮き袋をつけてあげられたら良いのになと空想してしまうその子を見ていると。
その子は完全沈みの横たわり個体まで行ったけど今のように水面に浮けるように
なったのは重り浮きのリハビリ成果だと思う。
浮けてたら泳ぎで中間までの餌は容易に食べられるし、
着地した餌も泳ぎながら食べたら摂取は可能。
また春になったら餌を食べられたらなぁと思う。
カビとの戦いだと思うけど勝てて食べれれば。
まぁその子は論外として、久しぶりに見た魚には魅力を感じた。
きれいな...純粋に、なんか、目に入ってきて、美を感じた。
へー
ってある意味遠目の他人目線だった。
でも自分の魚なんだよね...不思議。
冬眠でもあの恰好を維持してるなんて人間の私から見たら真に納得しがたいから
余計にそういうことを感じるのかな。
しかし最近の私にも言えるな。
食べなかったほうが良い体型になるには違いない。。。。。。
爆
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まーじかっ!
天気がすごい良かったから間違って金魚が暴れてたのでやばっと思って上にかけてるものをずらして
ちょっとクーリングしてみたりして。。。。。ありえん。
と思ったけど冷静に考えたらこの水温ならありえるわね、と思って。
明日とか水換えしないといけないかもしれない。
ちょっと朝の冷たい時に見に行って様子見てから決めようかと思う。
迷子の犬は続編を書くつもりだったけどなんとなくでできなかった。
結局飼い主は見つかって我が家に四日滞在の後出て行ったのを
子供がかなしいって言った。
夫もかなしい顔をしてたし私も心にすごい穴があいた気分をちょっと味わった。
幸せになってほしい
ただそれだけが願いだから。
飼い主が見つかったのを知ったのは愛護センターからの電話。
その後警察からも電話が鳴っていたのだけど、駐車場に長いひもでくくっている迷子犬を
おさえておいてくれないと車が出せないので、たまたま休みのその日に一家総出で駐車場で
アタフタしていた訳。警察から電話がかかったのがそのわずかな間。夜まで気づかずにいた。
その警察からの電話を受けられなかったのとは別で、すぐに話が進み、
飼い主から直接電話がかかってくることになったので車で私が子供と病院に行くべく
出掛けた後、電話を夫が受けたのだけど
「犬が好きなら飼ってもらえませんか?」と見つかった飼い主に言われたそうだ。
その言葉が我が家の誰にもぐっさりバラのとげのように刺さって
引き渡すまでの時間をとても重く重くしたのは言うまでもない。
一緒の所で飼育できたら無理すれば飼えなくもない。でも迷子犬は外犬で
我が家には内犬が二匹もいるから、外でごはんやって中でごはんやって、
と考えただけでも無理だと推測が。
飼えないと断ったのは間違った判断だったとは今でも思ってないけど
今この瞬間はどうしているだろうかと時々思い出しては空想する。
その犬に対しての愛情はほんの数日滞在だったにもかかわらず色褪せない。
散歩散策でつきとめた居住範囲も結果的にはピンポイントで当たっていたし
その本当に近くの人たちに聞いたんだけど不幸にも誰もその犬のことを知らなかったんだな。
そう思うとやっぱり我が家から出てく時は心配した。でもとても良い人だったので
引き取りにきた時にはその人見てちょっと安心したけど。
忙しかったら良い人でも環境が十分でないというのはどんな生き物を飼育していても
真実わかることだから、思うことはいろいろあるけど。
全部の動物をひきうけるわけにはいかないし。世の中全部わりきって暮らしてるか。
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